地熱発電とは?仕組み・歴史・世界と日本の現在地
以前の記事では、自然エネルギー全般を概観する中で地熱発電にも軽く触れました。しかし、地熱発電には他の自然エネルギーにはない、ある逆説があります。日本は世界有数の地熱資源を持つ火山国でありながら、その資源を十分に活かしきれていないのです。この記事では、地熱発電の仕組みとメリット・デメリット、世界と日本それぞれの歴史と実践例、そしてなぜ日本で普及が進まないのかについて、掘り下げて整理します。

地熱発電の仕組みとメリット・デメリット
地熱発電は、地球内部のマグマ由来の熱エネルギーを利用する発電方式です。地下深くに存在する高温・高圧の熱水や蒸気を取り出し、その蒸気の力でタービンを回して発電します。取り出す蒸気の性質によって、蒸気そのものをそのままタービンに送る「ドライスチーム方式」や、熱水を減圧して蒸気を発生させる「フラッシュサイクル方式」など、いくつかの方式があります。
地熱発電の最大のメリットは、天候や時間帯に左右されず、昼夜を問わず安定した発電が可能という点です。太陽光や風力のような出力の変動がなく、ベースロード電源(常に一定量を供給し続ける電源)として機能しうる数少ない自然エネルギーです。また、燃料を輸入に頼る必要のない純国産エネルギーであることや、後述するように温泉地との共生が実現している事例があることも強みです。
一方でデメリットも小さくありません。地下の資源を探るための調査・掘削には長い期間と大きなコストがかかり、掘削してみたものの十分な蒸気や熱水が得られず事業化に至らないという「探査リスク」を常に抱えています。また、利用できる資源が特定の地域(火山帯周辺)に偏っているため、どこにでも設置できるわけではないという地理的制約もあります。
地熱発電の歴史——1904年、イタリアから始まった
地熱発電の歴史は、1904年にイタリアのラルデレロで行われた実験運転にさかのぼります。天然の蒸気を利用した小規模な実験でしたが、1913年には250kWの商業発電所として本格的に稼働を始めました。その後、ラルデレロの地熱発電は拡大を続け、1942年には総出力12万kWに達しましたが、この発電所は第二次世界大戦の戦災によって焼失しています。
興味深いのは、この技術がどのように世界に広がっていったかです。第二次大戦中にラルデレロに駐留していたニュージーランド兵が、地熱発電の知見を自国に持ち帰りました。そして1958年、ニュージーランドのワイラケイで、熱水そのものを利用する「熱水卓越型」としては世界初となる地熱発電所が操業を開始します。戦争という出来事が、思いがけない形で技術伝播のきっかけになったというのは、技術史として興味深い逸話です。
世界の実践例——地熱大国とその使い方
現在、世界各地でさまざまな形の地熱発電が行われています。
アメリカ・カリフォルニア州のガイザーズは、単一の地熱地帯としては世界最大の規模を誇ります。45平方マイルにわたる敷地に13基もの発電プラントが集積しており、合計出力は約725MW、一般家庭72万5000戸分に相当する電力を生み出しています。地熱資源量そのものでは、アメリカとインドネシアが世界のトップを争う存在です。
北大西洋の島国アイスランドは、火山活動が活発な地質を活かし、電力の3割前後を地熱発電でまかなっているとされる、地熱先進国の代表格です。温水を暖房や温室栽培にも活用するなど、電力供給にとどまらない多角的な利用が進んでいる点も特徴です。
アフリカのケニアも、近年地熱開発が急速に進んでいる国のひとつです。首都ナイロビ近郊のオルカリア地熱発電所群は、日本の国際協力機構(JICA)なども関わりながら開発が進められており、干ばつの影響を受けやすい水力発電に代わる安定電源として、ケニアの電力構成における地熱の存在感は年々高まっています。
日本の実践例——1966年、松川発電所から
日本の地熱発電は、1966年10月に営業運転を開始した松川地熱発電所(岩手県八幡平市)から始まりました。もともとは1952年に地元の村が温泉開発のために掘削した井戸から蒸気が噴出したことがきっかけとなり、約10年の調査・建設期間を経て、9,500kWの出力で日本最初の商業用地熱発電所として稼働しました。翌1967年には、熱水を利用するフラッシュサイクル方式の大岳発電所(大分県)も運転を開始し、日本の地熱発電は1960年代後半に本格的な展開を迎えます。
現在、日本国内で最大の地熱発電所は、同じく大分県にある八丁原発電所です。1977年に1号機、1990年に2号機が運転を開始し、2基合計で11万kWの出力を持ちます。活火山である九重連山の地熱地帯を利用し、無人で運転されるこの発電所は、日本の地熱発電の象徴的な存在といえます。
なぜ日本では普及が進まないのか
ここで、冒頭に触れた逆説に戻ります。日本の地熱資源量は、実はアメリカ・インドネシアに次ぐ世界3位とされています。しかし、実際に稼働している設備容量で見ると、世界10位前後にとどまっているのが現状です。資源のポテンシャルと、実際の活用状況の間に大きなギャップがあるのです。
その理由のひとつが、規制上の制約です。日本の有望な地熱資源のおよそ8割は、国立公園・国定公園内に存在しています。自然公園法により、こうした地域内での発電所建設には厳しい規制がかけられてきました。景観や生態系の保全という観点からは重要な規制ですが、これが地熱開発の大きな障壁となってきたことも事実です。
もうひとつの理由が、温泉事業者との関係です。地熱発電は地下の熱水や蒸気を利用するため、近隣の温泉の湯量や泉質に影響が出るのではないかという懸念が、温泉地の関係者から示されることがあります。「温泉大国」である日本ならではの、地域産業との利害調整の難しさがそこにはあります。
そして、開発そのものにかかる時間とコストの大きさも見過ごせません。地熱資源の調査から運転開始までには、一般に10年以上を要します。地下の状況を確認するための調査井は1本あたり数億円規模の費用がかかることもあり、複数の調査井を掘っても十分な資源が確認できず事業化を断念せざるを得ないケースも少なくありません。
こうした状況を受けて、近年は変化の兆しも見られます。2021年には「地熱開発加速化プラン」が打ち出され、自然環境への配慮と地域との共生を図りながら、規制の運用を見直す取り組みが進められています。長年の課題に、少しずつではありますが動きが出てきているところです。
地熱発電、あなたはこの逆説をどう見ますか?
世界有数の資源を持ちながら、それを十分に活かしきれていない——この状況を、単に「規制が厳しいから仕方ない」という話で片付けてしまうのは、少しもったいないようにも思えます。
私たちの足元には、まだ活用しきれていない資源が眠っているかもしれません。それをどう活かすか、あるいは他の価値(自然景観や温泉文化)とどう両立させるかという問いは、地熱発電に限らず、これからの資源との付き合い方を考えるうえでのひとつのヒントになるはずです。
まとめ
地熱発電は、地球内部の熱を利用した安定的な自然エネルギーであり、1904年のイタリアでの実験運転を起点に世界へと広がりました。日本でも1966年の松川地熱発電所を皮切りに開発が進みましたが、世界有数の資源量を持ちながら、国立公園規制や温泉地との調整、開発コストの高さから、その活用は限定的にとどまっています。近年の規制緩和の動きも含め、日本の地熱発電が今後どう展開していくのか、注目していきたいところです。

